POP UP PARADEの核となる概念:エントリーフィギュア市場の新しいカタチ
フィギュア市場において、株式会社グッドスマイルカンパニー(Good Smile Company)が展開する「POP UP PARADE」(ポップアップパレード、以下PUP)シリーズは、市場の構造そのものに影響を与えた戦略的な製品ラインとして位置づけられます。その核となる概念は、同社が提唱する「フィギュアファンにやさしいカタチ」というスローガンに集約されています。
「フィギュアファンにやさしいカタチ」の具体的な中身
この「やさしさ」とは、従来のフィギュア市場が抱えていた主要な壁—すなわち「価格」「サイズ」「入手速度」—に対する直接的な回答として設計された、3つの具体的な柱によって構成されています。
- お手頃価格(Affordable Price): 「思わず手にとってしまうお手頃価格」と定義されています。これは、高価格帯(15,000円〜30,000円以上)が常態化していたスケールフィギュア市場に対する明確な違いです。
- 飾りやすいサイズ(Easy-to-Display Size): 「全高17~18cmの飾りやすいサイズ」。これは、日本の住環境においてコレクションの物理的な「壁」となる展示スペースの問題を真正面から捉えたものです。
- スピーディにお届け(Speedy Delivery): 「スピーディにお届け」。これは、予約から発売まで1年以上のリードタイムが常態化しているスケールフィギュアのビジネスモデルとは一線を画す、顧客の「熱量」が冷めないうちに製品を届けるという、機動性を重視した戦略です。
PUPは、「プライズフィギュアよりはるかに高品質」でありながら、「スケールフィギュアより圧倒的に安価で、場所を取らず、すぐに手に入る」という、完璧な中間的な立ち位置を提供しました。この戦略は、これまで価格やスペースの問題でフィギュア購入をためらっていた、膨大な数の「ライト層」および「ミドル層」を新規顧客として開拓することを目的としていました。
3,900円均一という「心理的アンカー」
PUPが市場に与えた最大のインパクトは、その初期価格戦略にあります。シリーズは当初、「全商品¥3,900(税込)」という驚異的な均一価格で市場に投入されました。この価格設定は、製造コストの標準化という生産側の合理性だけでなく、消費者心理に強力な「アンカー」を打ち込む効果をもたらしました。
この「3,900円」という価格は、フィギュア=高額品という既成概念を破壊し、「コスパ最強のフィギュア」というブランドイメージを瞬く間に確立しました。
この均一価格戦略の真の狙いは、コレクターの購買意思決定プロセスそのものを変えることにありました。従来のコレクターの思考は、「このキャラクターの、この造形クオリティに、果たしてこの価格(例:18,000円)を支払う価値があるか?」という、製品ごとに行われる品質・価格の評価でした。
しかし、PUPは価格を「3,900円」という定数に固定化しました。これにより、コレクターの思考は「3,900円で、どのキャラクターをコレクションに加えようか?」という、キャラクター選択のプロセスへと移行しました。
この思考の転換は、グッドスマイルカンパニーの「『ちょっとほしい、いっぱいほしい』」というキャッチコピーと完璧に連動しています。「パレード」の名の通り、PUPは単体のフィギュアを売るのではなく、「コレクション(パレード)を組むこと」自体を商品化したのです。PUPは、フィギュアを「一点ものの工芸品」から「標準化された収集品」へと変える、市場を塗り替える戦略を成功させたと言えます。
パレードの拡大:製品マトリクスと戦略的細分化
PUPシリーズは、「Standard」ラインを核としながらも、急速に製品ラインを多様化させています。この拡張は、PUPの当初の「均一価格・均一サイズ」という強力なコンセプトからの意図的な変化であり、ブランドの第二段階への移行を示すものです。
標準ラインからの脱却
全高17〜18cm・3,900円という厳格な「Standard」ラインは、フィギュア収集の「民主化」を達成しました。しかしその一方で、この厳格な規格は2つの大きな限界を抱えていました。
- 表現の限界: 原作では巨大なロボットも小柄な少女も、すべて同じ17〜18cmのサイズに収められるため、キャラクター間のスケール感が失われます。
- 顧客ニーズの限界: より大きな存在感、より高いクオリティを求める「Standard」以上のニーズを取りこぼしていました。
サブシリーズ(L, XL, Swacchao!など)の導入は、PUPでフィギュア収集のキャリアをスタートさせたエントリー層が、やがてより高品質なスケールフィギュアへ「卒業」してしまうのを防ぐための戦略的な一手です。
これは、顧客をPUPブランドのエコシステム内に留め、その内部でアップセル(高単価製品への誘導)およびクロスセル(別カテゴリ製品の提案)を行うための、高度なブランド・ライフサイクル延長戦略です。グッドスマイルカンパニーは、PUPを単一の「製品」から、多様なニーズに応える「プラットフォーム」へと進化させたのです。
各サブシリーズの戦略的ポジショニング
PUPの製品マトリクスは、サイズ、価格、コンセプトの3軸で戦略的に細分化されています。
- Standard(スタンダード)
「Standard」は、全高17〜18cmのコアラインであり、PUPの基本理念(価格、サイズ、スピード)を最も純粋に体現する製品群です。最大のラインナップを誇り、市場シェアを獲得するための戦略的基盤となっています。 - L Size(Lサイズ)
「Lサイズ」は、「フィギュアファンに新しいシゲキをお送りする」と定義される、Standardより大型のラインです。例えば『真の仲間じゃないと勇者のパーティーを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました2nd』の「POP UP PARADE リット L size」は全高約220mmに達します。これは、Standardの17〜18cmでは物足りなくなった層に対し、価格上昇を抑えつつも「スケールフィギュアに近い満足感(存在感)」を提供する、明確なアップセル製品です。 - XL Size(XLサイズ)
「XLサイズ」は、圧倒的な存在感を放つハイエンドラインです。このラインの登場は、PUPの価格戦略における重大な転換点を示しています。市場価格は極めて高額で、『天元突破グレンラガン』のXLサイズがオークションで15,480円、『ダンジョン飯』の「ファリン(キメラ) XL size」に至っては予約価格が29,700円、オークション落札価格が27,000円から35,800円という事例が確認されています。これは、Standardラインの7倍から9倍に達する価格帯であり、もはや「お手頃価格」という初期コンセプトとは異なるポジショニングです。 - Swacchao!(スワッチャオ!)
「Swacchao!」は、「いろんなところに座らせて飾ることができる」という、新しい展示方法を提案するクロスセル製品です。『ダンジョン飯』のマルシルの例では全高約140mmと、Standardより小ぶりです。このシリーズの戦略的特徴は、グッドスマイルカンパニーの主力商品である「ねんどろいど」のプレイバリューと、プライズフィギュアで人気の「ちょこんと座る」フォーマットを融合させた点にあります。 - その他の派生ライン
これらに加え、「はしる!(Zoom!)」や「BEACH QUEENS」といった、さらにニッチなシチュエーションやテーマに特化したラインも存在しており、PUPプラットフォームの拡張は今も続いています。
POP UP PARADE 主要サブシリーズ比較表
| シリーズ名 | 平均全高 | 想定価格帯 | コンセプト | 主な特徴 |
|---|---|---|---|---|
| Standard | 17 – 18 cm | 3,900円~4,800円 | フィギュアファンにやさしいカタチ | 価格・サイズ・スピードのバランス |
| L Size | 約 22 cm | 5,500円~9,000円(推定) | 新しいシゲキ | Standard以上の存在感と造形 |
| XL Size | 30 – 40 cm(推定) | 15,000円~35,800円 | 圧倒的な存在感 | 「お手頃」の概念を覆すハイエンドライン |
| Swacchao! | 約 14 cm | 4,000円~5,000円(推定) | 座らせて飾る | デスク周り特化。差し替えパーツ付属の場合あり |
コレクターのジレンマ:「コスパ」と「当たり外れ」の二面性
PUPシリーズの市場での成功は圧倒的ですが、その評価は一様ではありません。コレクターの間では、PUPの「価値」をめぐる二極化した見解、すなわち「手軽なコスパ」と「品質の不安定さ」というジレンマが存在します。
肯定的な評価:「コスパ最強」という引力
PUPが市場に受け入れられた最大の理由は、その圧倒的なコストパフォーマンスにあります。コレクターからは「コスパ最強フィギュア」、「簡単に集められる」、「買いやすい」と絶賛されています。
特に「フィギュア欲しいけど高いから手を出しにくいなぁとか色々な種類集めたいなぁって方にオススメ!」という評価は、PUPがフィギュア収集の「民主化」に成功したことを明確に示しています。この手軽さが、PUPの強力な市場牽引力となっています。
否定的な評価:品質のバラツキという「トレードオフ」
一方で、市場からはPUPの品質管理(QC)に対して厳しい目が向けられています。PUPは「すごく綺麗だったり、マジでブサイクだったりする」、「出来にムラがある」と厳しく指摘されており、特定の製品(「ゼロツー pup」など)がその例として挙げられています。また、海外のコレクターからも「goofy and cheap-looking」(安っぽい)と評されることがあります。
この「当たり外れがある」という評価は、ランダムな「事故」ではなく、PUPのビジネスモデルが内包する構造的なトレードオフの結果であると考えられます。
PUPのビジネスモデルは、そのブランドコンセプトにおいて、「お手頃価格」と「スピーディにお届け」を最優先事項として選択しました。この2つを絶対的な制約条件とした結果、必然的に残りの1つ、すなわち「品質」が調整されることになります。
したがって、コレクターが指摘する「品質のムラ」は、PUPが低価格とスピードを実現するために支払っている必要経費であり、このビジネスモデルの特徴そのものである可能性が極めて高いのです。
コレクターの成熟と「スペース」という物理的限界
PUPの「買いやすさ」は、皮肉なことに、コレクターに新たな物理的な問題を引き起こします。それは「展示スペースの枯渇」です。
あるコレクターは、「この趣味で一番のボトルネックは飾るスペースなんだよね」と指摘します。PUPやプライズフィギュアの手軽さゆえに「ちょっと買いすぎちゃって」しまい、短期間でコレクションが飽和状態に達します。
この「スペースの枯渇」と、前述した「品質への不満」という2つの問題が組み合わさることで、コレクターの心理は次の段階へ移行します。すなわち、「(安価なフィギュアを)買うのはやめて、1/7スケールを買うことにした」という、より高品質・高単価な製品への回帰です。
PUPは、新規コレクターを市場に参入させる「ゲートウェイ(入門用)」として非常に効果的に機能します。しかし、PUPが引き起こす「品質への不満」と「スペースの枯渇」という2つの問題が、コレクターをPUPから「卒業」させ、より高価で、より「スペース効率」(1平方センチメートルあたりの満足度)の高いスケールフィギュアへと向かわせる最大の動機となっているのです。
競争環境におけるPUPのニッチ:figmaおよびスケールフィギュアとの対比
PUPの戦略的ポジショニングは、グッドスマイルカンパニーが展開する他の製品ラインや、広範なフィギュア市場との比較において、より明確になります。
PUP vs. figma:スタティック(静)とダイナミック(動)
グッドスマイルカンパニー(および関連会社のマックスファクトリー)は、PUP(スタティック、非可動)と figma(可動、特別設計の関節)という、哲学の異なる2つの主要ラインをミドルクラス市場に展開しています。
- PUP: 「スタティック(静)」。造形の美しさやポーズの固定美、そして「17〜18cm」という存在感を重視するディスプレイ派の需要に応えます。
- figma: 「ダイナミック(動)」。関節可動によるポージングの自由度やプレイバリューを重視するアクション派の需要に応えます。
この2ラインの併存は、グッドスマイルカンパニーグループがミドルクラス市場においてカニバリゼーション(共食い)を避けつつ、異なる顧客ニーズを的確に刈り取っていることを示しています。
PUP vs. プライズフィギュア:「IPの隙間」戦略
PUPとプライズフィギュアの境界線はしばしば議論されますが、コレクターはPUPの決定的な優位性として、「他のプライズフィギュアが出ない(キャラクターが出る)」という点を挙げています。
プライズフィギュア市場は、その性質上、『ワンピース』『ドラゴンボール』『初音ミク』といった、極めて大衆的な超人気IP(A面)に製品が集中しがちです。
対照的に、PUPは「スピーディにお届け」という生産モデルの機動性を活かし、A面IPだけでなく、よりニッチだが熱狂的なファンを持つ「B面」IP(例:『サマーウォーズ』の池沢佳主馬や『ペルソナ』のアイギスなど)を迅速に製品化します。
PUPの真の競争優位性は、この「IPの網羅性」にあります。プライズからもスケールからも見落とされがちなキャラクターのファンにとって、PUPはしばしば「唯一の選択肢」となります。この「唯一の選択肢」という状況が生まれた瞬間、コレクターにとって品質のムラは、購入を断念する理由ではなく、キャラクターを入手するために許容すべきトレードオフへと変化するのです。
知的財産(IP)戦略とラインナップの網羅性
PUPの市場戦略を支えるもう一つの柱は、その圧倒的なIP(知的財産)の網羅性です。PUPのIP戦略は「選択と集中」ではなく、「速度と絨毯爆撃」と表現できます。
幅広いIPの「絨毯爆撃」
PUPのラインナップは、特定のジャンルに偏ることなく、現在市場で人気のあるほぼすべてのIPを網羅しています。
- ゲーム: 『ペルソナ』シリーズ、『ダンジョン飯』、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』、『ストリートファイター』、『ブルーアーカイブ -Blue Archive-』、『Sky 星を紡ぐ子どもたち』、『勝利の女神:NIKKE』、『スプラトゥーン』、『サイレントヒル』 など。
- アニメ: 『BanG Dream!』、『鬼滅の刃』、『呪術廻戦』、『チェンソーマン』、『カウボーイビバップ』 など。
- VTuber: 『ホロライブ』(赤井はあと、獅白ぼたん、一伊那尓栖、猫又おかゆ、宝鐘マリン)。
- ボーカロイド: 『初音ミク』、『レーシングミク』。
このラインナップは、PUPが「現在のトレンド」を即座に製品化する「ハイプ(一時的熱狂)・マネタイゼーション・エンジン」として機能していることを示しています。
特に『ホロライブ』や『ブルーアーカイブ』のような、SNSでのトレンド性が極めて高いIPの迅速な製品化は、PUPの「スピーディ」という特性が最大限に活かされた事例です。これにより、グッドスマイルカンパニーは、スケールフィギュアの長い開発期間では間に合わない「ファンの熱量(ハイプ)」がピークにある間の「衝動買い」の需要を、確実に刈り取っています。
将来展望:2025年-2026年のリリースパイプラインと市場の持続性
PUPシリーズは、今後もグッドスマイルカンパニーの主力ラインの一つとして拡大を続けると見られます。しかし、そのビジネスモデルには潜在的なリスクも存在します。
IP戦略の継続と深化
2025年から2026年にかけてのリリースパイプラインからも、PUPのIP戦略が継続・深化していることが見て取れます。『ホロライブ』の「POP UP PARADE 赤井はあと」は2026年2月発売予定、『Sky 星を紡ぐ子どもたち』の「POP UP PARADE 星の子ども」も予約が開始されています。
これらのラインナップは、「ハイプ・マネタイゼーション」戦略、すなわち『ホロライブ』(VTuber)や『Sky』(グローバル人気ゲーム)といった、現在進行形で熱量の高いIPを迅速に製品化する戦略が、今後もPUPの核であり続けることを示しています。
ブランドの「三本柱」への潜在的リスク
一方で、PUPのビジネスモデルの根幹を揺るがしかねないリスクも顕在化しています。グッドスマイルカンパニーは、「2025年10月預定發售商品の發售時期變更公告」(2025年10月発売予定商品の発売時期変更のお知らせ)を発表しており、フィギュア業界全体が、製造および物流の遅延問題に直面していることを示唆しています。
この「発売延期」は、PUPのアイデンティティにとって重大な脅威です。PUPの3つの柱(価格、サイズ、スピード)のうち、「お手頃価格」と「飾りやすいサイズ」はグッドスマイルカンパニーが内部でコントロール可能です。しかし、「スピーディにお届け」は、外部の製造・物流要因に左右されやすい、最も脆弱な柱です。
PUPの「スピード」が失われ、スケールフィギュアと同様に慢性的な「発売延期」が常態化した場合、PUPを選ぶ積極的な理由が薄れます。「どうせ1年待つなら、もう少し予算を追加して、より高品質なスケールフィギュアを予約しよう」という思考が働くことは想像に難くありません。
総括:PUPがフィギュア市場に与えたインパクトと今後の課題
POP UP PARADEは、単なるフィギュアシリーズの枠を超え、フィギュア市場の構造自体を再編した「革新的な製品」として評価できます。
市場の民主化と再編
PUPは、「価格」「サイズ」「スピード」という明快かつ強力なコンセプトで、これまでフィギュア市場に参入できなかった膨大な潜在顧客層を掘り起こし、市場の「民主化」に成功しました。その「コスパ最強」というブランドイメージは、エントリー市場の活性化に絶大な貢献を果たしました。
成功が産んだトレードオフと「卒業」のメカニズム
しかし、その成功モデルは「品質のムラ」という避けられないトレードオフと、「コレクションスペースの枯渇」というコレクター側の新たな問題を生み出しました。皮肉なことに、PUPはこれらの問題を通じてコレクターを「教育」・「成熟」させ、彼らをグッドスマイルカンパニー自身のハイエンド・スケールフィギュア市場へと「卒業」させるという、巨大な「顧客育成パイプライン」としても機能しています。
今後の展望と持続可能性
PUPは、LサイズやXLサイズへの展開により、初期の「均一価格」モデルから、ブランド内で顧客をアップセルする多層的なプラットフォームへと見事に進化を遂げました。
今後の最大の課題は、その成功の礎であった「スピーディにお届け」というブランドの約束を、世界的な製造・物流のプレッシャーの中で、いかにして守り続けられるかにかかっています。この「スピード」こそが、PUPのアイデンティティを支える最も重要かつ、最も脆弱な柱なのです。
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